その2 21世紀の距離感 h3mインタビュー酒井邦嘉 of h3m

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デジタル時代の人やモノの距離感 ブログよりもややフォーマル、原稿にするには個人的なこと

「21世紀の距離感」 h3mインタビュー 言語脳科学者 酒井邦嘉 2/全4回

h3m:そんなふうに研究が進むと、人の「幸福の度合い」も測定できる時代がくるのでしょうか?

酒井:とても面白いアイディアだと思います。ただ、科学というのは、具体的なデータをもとに多くの人を説得しなければなりません。ある脳の活動状態が客観的に幸福である、ということを科学的に示さなければならない。そこが難しいところです。人間は幸福だと思った瞬間に、幸福ではなくなってしまうかもしれないのです。幸福には、『ファウスト』のように、「幸せだ」と思った瞬間に悪魔が訪れるような危うさがあります。しかし、もし幸福か否かということに「人間らしさ」があるのだとしたら、本格的に挑戦しなければならない問題だという予感もあります。

クリエーターやイノベーターなどにとっては、どこまでいっても自分の作品に満足せず、幸福感をもたないことこそが、次の進歩へのモチベーションになっているかもしれません。ですから、幸福の度合いを測定するというのは、実は危ないことなのかもしれませんね(笑)。

h3m:「21世紀の距離感」については、どうお考えでしょうか?

酒井:いろいろとコミュニケーションの手段が増えて、得られる情報が想像以上に多くなってきました。そうなると、常に情報に流されてしまう危機感や、情報に取り残されてしまうという強迫観念にさらされることが多くなってしまいます。大量の情報に接しているだけで、ほとんど人と直接に接しなくても人生を歩んでいると錯覚してしまうかもしれません。つまり、バーチャルな世界に陥りやすい時代を迎えたんだと思います。おそらくそれは、人工的に作られた空間や時間にすぎないのだと思いますが、人によっては、それを心地よいと思う人もいるでしょう。また、逆にそこで「自分を見失ってしまう」と思う人も出てくることでしょう。そんなとき、人との距離感は、密に、近くにあるべきだと、人間はいつか気づくんじゃないかと思います。

理想をひと言で言えば、「自然な状態こそ望ましい」のです。これは、18世紀から20世紀にかけて極端に進んだ工業化の波で、際限なく大量の製品を作っていったら、逆に大気汚染や水質汚染といった公害に苦しめられるようになってしまったことに似ています。現代は情報がどんどん洪水のようにあふれはじめています。今はインターネット上でもなんとかやっていけているけれども、今後はどんな検索エンジンを使っても追いつかなくなることでしょう。今でも、動画の中にある情報までは検索できませんから。

人間が自然環境の大切さに気づいたように、近いうちに、人と人の間もこんなに大切なんだということがわかってくるに違いありません。「簡単にメールは出せるけれど、やっぱり会って話そう」とか、相手の目を見ながら話すことの大切さが21世紀は見直されると思います。メールでは相手を直接的に感じることはできませんね。相手と直接会いたい、ということを切に望むようになることが逆に増えていくでしょう。

まだデジタルな情報交換は上り調子なので、我々はこれでやっていけそうな気がしていますが、いずれ内側に目を向けるようになると思います。自分とって心地よい他人との距離を自覚するようになってくる。意識的に、「この人とはこれくらいの距離感がちょうどいい」ということに気を配るわけです。未来に対して、僕はあまり心配していません。行き過ぎたことに対して、人間はどこかのタイミングで気づき、賢くブレーキをかけられるはずだと信じています。ただ、外からの力が強すぎるときは、自分ではどうにもならなくなってしまう場合があります。

バーチャルな自分だけのオフィスで仕事をすれば、同僚との関係に煩わされずにすむかもしれない。しかしそれに伴う孤独感や閉鎖感とどう付き合っていったらいいか。人工的なものから、いかに自然にしていくか。そのことを真剣に悩む時期に来ていると思います。たとえば、一人暮らしの人がペットを欲しがる気持ちは、とても自然なことです。相手がペットという動物であっても、他者との適切な距離感を見つけていくという、とても大切なプロセスになっているのですから。

僕の究極の理想は「自然に近づくこと」です。できる限り人工的なコミュニケーション手段に頼らないで、いろいろな人と直接話ができる場所に行き、言葉が通じない動物とも一緒に過ごすことにしています。都会の暮らしに疲れたときは、山や海を見るのが一番です。自然に近づくという楽しみは、大昔から常に人間がしてきたことですから、その行為自体が自然だとも言えますね。考えるのに疲れたら、たそがれてみましょう。『めがね』は、僕の大好きな映画です。

酒井邦嘉(さかい くによし)1964年、東京生まれ。1987年、東京大学理学部物理学科卒業。1992年、同大大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。1995年、ハーバード大学医学部にリサーチフェローとして留学。1996年MIT(マサチューセッツ工科大学)で言語・哲学科客員研究員を経て、現在は東京大学大学院総合文化研究科准教授。『言語の脳科学』(中公新書)で第56回毎日出版文化賞受賞。他に『科学者という仕事』(中公新書)、『脳の言語地図』(明治書院)など著書多数。

インタビュアー 前田知洋(まえだともひろ)

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