take it easy,go with the flow. #009

スペイン北東部アラゴン州にあるフォルタネテ。標高は1300メートル。松の木が群生する山間にひっそりと佇む、人口200人余りの静かな美しい町だ。
筆者にはこのフォルタネテ出身のホルヘという友人がいる。一昨年、彼は英国国立映画テレビ学校へ入学し、昨年夏、同級生とともに、この町でセミドキュメンタリー映画”Wild Horses”を撮った(予告編/スペイン語/字幕なし:http://vimeo.com/29210285)。主役は町でただ一人のpine dragger (arrastrador de pinos)であるホゼという男。pine draggerとは、馬を巧みに操り、山で伐採した松の木をトラックが入ってこられる場所まで運ぶ職人だ。この映画は、ホゼが間もなく引退し、彼の跡継ぎもいないため、その仕事を記録することから始まったプロジェクトだった。
ホゼの暮らしは至ってシンプル。彼の日常は、ただ一人、愛馬とともに山に登ること。それは何十年も変わらない。ホゼが独特の掛け声をかけると、馬はダンスのステップでも踏むように、脚を軽やかに前後左右に移動させる。馬を自由自在に操る様子は、まるでサーカスの芸当のようでもある。
ホゼは町では殆ど忘れられた存在である。何か野心があるとか、世界に影響を与えるといったことからも無縁だ。だが、山の上は彼の楽園。そこには自然の美と生の喜びがある。ホルヘの映画は、一見、誰からも評価されず、見捨てられたようなホゼの仕事と人生に意味を見出そうとする。
今年の春、日本でも公開された『4つのいのち』(http://www.zaziefilms.com/4inochi/)という映画をご存知だろうか。イタリアの山村を舞台に、人間、動物、自然が、生まれては消え、また新たな命を生み出すという自然のサイクルをユーモラスに捉えた傑作。地味で静かなドキュメンタリーのような作品だが、ロンドンの映画館で観た時は満席だった。ホルヘの映画のスタイルもこの作品に近い。
撮影終了後、ホゼは涙を流したという。恐らく自分の人生がこのような形で取り上げられるとは、夢にも思わなかったに違いない。
2年前、筆者はロンドンにカフェをオープンした。その時、思ったのは、「市井の人が一番偉い」ということだった。私たちの社会生活が滞りなく進んでいくのも、普通の人たちが、毎日淡々と普通のことをこなしていくからである。私たちの生活の基盤はコミュニティにある。
前回、取り上げたスティーブ・ジョブズ氏が先日、亡くなられ、氏の遺した名言が世界中を駆け巡った。「ハングリーであれ」とか「今日が人生最後であるかのように生きよ」といった言葉の通り、彼は生き、走り続けた。もしも今日が人生最後の日であったら、自分のやってみたかったことを片っ端から試す人も少なくないだろう。
一方、ホゼのような人は、昨日と全く同じ一日を過ごすかもしれない。そこで満たされているからだ。辻邦生は『サラマンカの手帖から』で「野心を持たないとは、単純に生きるのを愛すること」と書いている。「この単純さが生活なのだ。喰べ、喋り、愛し合い、深くねむる――それで十分ではないか」。
ホルヘの映画は完成したばかりで、これから世界のフィルム・フェスティバル・サーキットを回ることになりそうだ。
写真、テキスト:RICA
日本と米国で教育政策を学び、東京で文化交流の仕事に携わった後、99年渡英。執筆、経営、映画という3つの分野で活動中。今後はパリ(フランス)も新たな活動拠点に加わる予定。
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