05 Take it easy Go with the flow of h3m

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デジタル時代の人やモノの距離感 ブログよりもややフォーマル、原稿にするには個人的なこと

take it easy,go with the flow. #005

フランス映画に描かれる人間の姿

 3月までの2ヶ月半、パリに滞在した。昔からフランス映画が好きだった。どうしようもなく暗く、救われない作品を作らせたら、フランス映画は一流だった。悲劇には究極の美があり、そこに永遠の魅力がある。特にフランス映画に描かれる話は、たとえどんなに極端でも、リアルで嘘がないように見えた。
 たとえば私の好きなフランソワ・トリュフォー監督の『緑色の部屋』(1978)は、亡くなった妻のことが忘れられない男ジュリアン(トリュフォー自身が演じている)の話で、妻にそっくりな等身大の人形を作らせたり、彼女の遺品で埋め尽くした「緑色の部屋」を作って思い出と生きようとする。その姿は滑稽さを通り越して凄まじく、痛ましい。
 同じくトリュフォーの『隣の女』(1981)は、それぞれ家庭を持つ元恋人同士の男女(ジェラール・ドパルデューとファニー・アルダン)が、偶然、田舎の隣接する家に住むことになり、再び恋の火花がついてエスカレートし、やがて悲劇的終末を迎えるというもの。キャッチ・コピーは”Ni avec toi, ni sans toi”(英訳は、Neither with you, nor without you「一緒にいても、あなたなしでもダメ」)。アルダンの美しい顔が苦悩で歪み、壊れていく様が強烈だった。
 他にもハマったのが、ブルノ・ニュイッテン監督の『カミーユ・クローデル』(1988)。愛人の彫刻家ロダン(ジェラール・ドパルデュー)を思う余り、精神を病んでいく実在の芸術家、クローデル(イザベル・アジャーニ)の破滅的人生が描かれていた。
 これらはほんの一例。希望のない映画を観すぎて、映画そのものに希望を失いかけ、それらを敬遠した時期もあった。
 それなのに、昨年、再びパンドラの箱を開けるようにして観てしまったのが、”Je l’aimais“(彼女を愛してた)だ(日英ともに未公開)。人気作家アンナ・ガヴァルダの小説の映画化。既婚の中年男性ピエール(ダニエル・オートゥイユ)が、マチルド(マリ=ジョゼ・クローズ)という美しい女性との数年に渡る恋愛を回想する話。マチルドはピエールを好きになればなるほど苦しみ、救われないまま映画は終わる。どこまでも悲しい。そして美しい。フランス映画らしい作品だ。
 これらの作品の主人公の共通点は、執着心に囚われているということ。諦められたら楽になるのに、そうなれないこと。手に入らないものへの執着こそ、全ての苦しみの根源だ。
 では、執着はどうやったら解き放てるのか。苦悶する人間を描かせたら一流のフランス映画でも、解決策は教えてくれない。 
 心とは不思議なもので、ある「問題」に注目し始めると、それは確固とした「事実」となり、意識のなかでさらに大きな比重を占めるようになる。それを考え始めることで、問題の深刻さが増し、逆効果となる。皮肉なことだが、どうしても欲しいのにそれが手に入らない時は、一旦、気分を入れ替え、自分が得ているものへの充足感で心を満たすしかない。
 3年前、カンヌ映画祭で観たイタリア映画”Quiet Chaos”(日本未公開)は、映画会社重役のピエトロが、突然、妻を事故で失った後、会社にも行かず、毎日、公園で過ごしながら、会社の同僚の人生相談を受けたり、様々な新しい出逢いを通して、生きる力を取り戻していくという話だった。今、日本にいる人たちにぜひ観て欲しい作品である。


RICA
日本と米国で教育政策を学び、東京で文化交流の仕事に携わった後、99年渡英。執筆、経営、映画という3つの分野で活動中。今後はパリ(フランス)も新たな活動拠点に加わる予定。


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