汝、キッズマジックを侮るなかれ
大人と子供の違いって…?
ディスカッションの第3回目です。今回のテーマは「キッズマジック」について。
参加者は、お酒と理屈、ドライブが大好きな介護福祉士、幼稚園教諭の経験をもつ雲水(♀)さん、子供たちにマジックを指導することも多い治療家の鍛治中 政男さん、多くのマジックの書籍を翻訳、出版し、マジックに造詣の深い角矢 幸繁さん、そしてクロースアップマジシャンの前田 知洋です。キッズマジックには、マジシャンとして成功するヒントが隠されているのでしょうか?
(このノートはFacebookグループでディスカッションを再構成したものです)
Photo: Luc Viatour
トランプのマジックはムリ?!
前田知洋 キッズショウの子供って、何歳ぐらいを想定してます?
鍛治中 政男 キッズショウでは、1~5歳くらいの幼児、6~10歳くらいの小学生低学年に分けて考えてまして、それによって微妙に対応を変えています。小学生高学年くらいになると大人向けのマジックでも充分通用してくるようになりますから。
前田 幼児のグループだと、トランプのマジックとかは難しいですよね。
角矢 幸繁 おそらくトランプは無理だと思います。一度ジャンボカードを使ったマジックを演じた事があったのですが、理解できない子供さんが多かったです。
鍛治中 数字とマークを同時に覚えてもらうのは難しいでしょうね。子供には『リンゴ』みたいな一目でわかるイラストのカードの方が認識しやすいと思います。
前田 キッズマジックのときに、言葉づかいってどうしてますか?
角矢 私はあまり変えません。話し方のスピードをゆっくりにしたり、言葉を簡単に直しますが、基本は大人と同じように話します。
前田 やっぱり、「独身?」とか、手伝ってもらう子供に聞いたり…?(笑)
角矢 私は男の子と女の子を一緒に舞台に上げるときは必ず「結婚してますか?」と女の子に聞くようにしています。絶対ウケますし、周りが盛り上がるんですね。かといってこの子たちを馬鹿にしてはいませんし。
前田 子供はそんな質問を予想してないから、まず戸惑う。答えは「してない」に決まってるんですが、そんな質問をされたことがないから、どう答えていいのかわからないという、奇妙な面白さがありますよね。「だれにも恥をかかせない笑い」って、キッズショウではとくに大切なのかもしれません。
雲水 子供は大人が思っている以上に「馬鹿にされた」ということには敏感に反応します。これは、子供たちの前で話すときは、覚えておいた方がいい。
鍛治中 私は基本的に子供も大人と同じ扱いをするので丁寧な言葉遣いをしますが、場が盛り上がったときは友達のような話し方をするようにしています。
前田 それは、なぜですか?
鍛治中 場が笑いで盛り上がったような場面で大人扱いをすると子供はかしこまって場が盛り下がってしまうことがあるんです。
前田 暖まった空気に「水を差さない」ってことが大事と…。
角矢 私は台本を書く派なんですが、例えば、私がわざと何かを間違ってるのを子供が指摘し始めたら、アドリブで子どもっぽく「そんなことないじゃん!!」と口を尖がらせてちょっと怒りっぽく言ったりすると、さらに盛り上がったりするんですよね。
前田 演者の中の子供の部分を見せる。
雲水 「子どもらしさ」と「子どもっぽさ」は混同されがちですが、「子どもらしさ」とは、誰もが持っている魅力的で大切な部分。ここを見せることで、子どもたちが共感するんだと思うのです。
前田 子供が子供にむかって「おまえ子供っぽいよ」なんて、いったりすることもあるのかもしれませんね(笑)
雲水 5歳くらいの子なら「それって子どもっぽいよね」って言いますね。そしてその範囲も広がっています。今では少子化の波もあるのかもしれませんが、ファッションやコスメにもそう言います。特に女の子は元々マセてますが、最近はその速度が進んでいますよ。
前田 おお!子供のハードルが高くなってると!
角矢 そのハードルが高くなっている中でも、アメリカのデビッド・ケイはキッズマジックで成功しています。子どもをちゃんとクライアントとして扱っているのですね。アメリカではキッズマジックのマジシャンを低く見る人もいるですが、彼はそこに商機を見い出して、磨きあげて世界一のキッズマジシャンとなりました。
デビッド・ケイ(David Kaye : 1958- ) アメリカのマジシャン。様々なスタイルのマジックを演じるが、主に "Silly Billy" の名で演じるキッズショウが有名。ニューヨークを中心に年間300ステージをこなす。マドンナやエディ・マーフィもクライアントに名を連ねる。
前田 アメリカではBar Mitzvahにマジシャンやミュージシャンなどを呼ぶ習慣があるなど、社会的な背景も大きかったんだと思うんですよね。大変なお金を使ってお祭りのようなパーティをする家も少なくない。
Bar Mitzvah (バル・ミツヴァー)ユダヤ教徒における成人式。男児は13歳、女児は12歳に達した次の安息日に祝う。近年、裕福な家庭では、親戚や友人を招き盛大なパーティを行うことが多い。
鍛治中 私はデビッド・ケイが使う「グーグリー・グーグリー」というおまじないはとても素晴らしいと思うんです。幼児でも発音しやすく覚えやすく、それでいて何かが起こりそうなワクワク感を見事に演出しています。
面白い響きのおまじないはそれだけで素晴らしい演出になります。とにかく語感がイイんですよね。私も自分なりにおまじないを考えてはいるんですが、これはちょっと嫉妬するくらい秀逸です。
雲水 子供は変な言葉や語感が大好物なんです。これはいつの時代でも普遍なので、変なおまじないや言い間違い、言葉のちぐはぐさを上手く使うと子供たちは大喜びしますよ!
前田 破裂音とか、鼻濁音って印象に残りやすいんですよね。僕のカードが復活するときの「ギィィィ…」というオマジナイも鼻濁音と破裂音の混じったような、奇妙な音でできていて、大人も子供もすぐに真似したがる…(笑)芸名も同じです。そんな音を芸名に入れると観客に覚えられやすい。
©Div.Rare and Manuscript Collections,Cornell University
キッズマジックには、マジックの本質がつまっている
前田 どんなトリックがキッズショウに向いてると思いますか?
角矢 私が必ず演じるのは、ピザが消えちゃうマジック、2匹のウサギが入れ換わるマジックですね。まずは子どもが一言で現象を言い表せるトリックが良いはずです。
前田 多くのマジシャンが古くさいと思ってる道具を使ったトリックですよね。僕ね、アヒルがカードをくわえて当てる道具が欲しいと、昔から思っていました。
鍛治中 私はハンカチの色が変わるマジック。あとリンキング・リングなど音がするマジックも良いと思います。
リンキング・リング(Linking Rings):アジア発の古典マジック。継ぎ目のない金属製の輪が鎖状に繋がったり、それを外していくマジック。ヨーロッパでも16世紀初頭には演じられている。
前田 「音がするマジック」がいいのは、どういう理由ですか?
鍛治中 大人と比べて子供は音に敏感に反応します。目や耳だけでなく匂いや味なども同じです。
前田 角矢 なるほど!
鍛治中 ちなみに匂いに関してですと、バニラ系の甘い匂いや柑橘系の匂いを身につけると子供からの好感度が上がりますよ。匂いは大事。
角矢 それと、古典的な現象にシンプルかつ強烈なマジックが多いと思うんです。「古いマジックだから…」と、軽く見ると痛い目にあうかと。
こう言いながら、私も昔は失敗もしました。子供相手だからいわゆる子どもっぽく接してしまったために、子供たちとの関係が慣れ合いになって収集がつかなくなってしまったのです。後で大人の考えで子供のことを見ていたんだなぁ、と分かりました。つまり、子供が観客であり、かつ子どもらしさを持った一人の存在として見ていなかったのです。自分も子供だったくせに、子供の心をわすれてしまっていました。当時は痛い思いをしましたが、良いレッスンになりましたね。
鍛治中 私は角矢さんの逆パターンの失敗があって、ずっと大人扱いを徹底し過ぎたために本来なら子供らしくはしゃいで盛り上がる場面まで盛り下げてしまったことがあります。このときにキッズショウには子供を大人の立場まで引き上げる一体感と、大人が子供の立場まで下がる一体感の2種類があるということに気づいたんです。この2種類の一体感をバランスよく使い分けることで子供はのびのびとショウを楽しむことができるようになると思います。
雲水 私は「壊す」というのがキーワードだと思っています。子供たちを私に注目させるとき、ワザと間違ったり、失敗を指摘してきた子供を逆に先生の役にしたりします。当然と思っていた関係が壊れることで子供たちの積極性を引き出して一緒に場を作り上げていくのです。
前田 それって、大人のマジックや人間関係でも、とても大切なことだと思うんですよね。誰もが予想できる紋切り型より、アクシデンタルなことにワクワクするのは、子供だけではなく大人も同じです。キッズマジックにはマジックの本質的なエッセンスがたくさん含まれてる!
鍛治中 昔、ある母娘にスポンジボールのマジックを演じていたのですが、驚く母親に対して3~4歳くらいの女の子は「ワタシわかった!」って言うんです。私が「あれ?見えちゃいけないモノが見えちゃったのかな?」などと考えていたら、その子が「だっておまじないかけたもん!あのおまじないをかけたからだよ!」って真剣な顔をして母親に言ったんです。
このことから子供、特に幼児には「不思議」を魔法の当然の結果として受け入れられるだけの心の余裕があることを知りました。私はその余裕こそ「子供らしさ」ではないかと思っています。誰にでも子供だった頃はあるのに、大人になるにつれて心の余裕は徐々に狭まっていきます。だから、私は時々フォトアルバムを開いて自分が子供だった頃の写真を眺めるようにしているんです。するとなんとなくですが心に余裕ができて子供たちとの溝が埋まったような気になるんですよ。
あと私はちょうどキッズショウ適齢期の娘がいますので、普段からいろいろとアドバイスをもらってます。お子さんがいらっしゃる人はどんどん会話をして子供の感性を吸収されると良いと思います。いなければ親戚や友人の子供でもいい。とにかく実際に子供たちと遊ぶことで多くのことが学べます。
角矢 子供を「子どもらしさ」を持った観客だと認識して、大人の頭で子供のことを誤解しなければ、きっと子供たちも楽しんでもらえるでしょう。そして、この経験はきっと大人にマジックを見せる時にも役立つはずです。子供たちから教わった事、凄く多かったですから。
例えば、サカートリックってありますが、あれは「関係性を壊す」マジックです。多くのマジシャンはここを勘違いして観客を騙したり小馬鹿にしたりして観客の反感を買うことになるのですが、実際はきちんと演じたら相当、強力なマジックになるはずなんです。
サカートリック:マジシャンが失敗したようにみえたり、仕掛けがばれてしまったような演出のトリック。最後にはどんでん返しでマジックが成功する。
前田 ボクは10歳の頃に、イタリア系アメリカ人の「大人向けのマジック」を見た経験がこの仕事を選ぶキッカケだったので、子供には大人と同じマジックを見せることにしています。
ただし、僕が演じている場所は、プライベートクラブです。そこでは、大人のあり方、社会のありかたを子供たちが学ぶという場でもあるわけですから、そんなふうに大人と同じマジックが通用しているにすぎません。
子供にマジックを見せるようになって、もう15年くらいになるので、子供がドンドン成長していく。20分ほどのショウでじっと座ってられなかった子供が、ある日突然に青年になっていたりする。そんな驚きはあります。
子供は大人に憧れて、ひとときの「大人扱い」を喜び、大人は子供の頃を忘れられなくて、オモチャを「大人買い」したりする。そんな矛盾がエンターテインメントには常に内包しているんだと思います。